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そのために、「信玄堤(つづみ)」と呼ばれる堤防建設を・・・
風林火山 信玄の「信玄堤」は凄かった!
武田信玄は、暴れ川である釜無川(かまなしがわ)と御勅使川(みだいがわ)による甲府盆地への洪水被害をなくして収穫高を上げようとした。
そのために、「信玄堤(つづみ)」と呼ばれる堤防建設をはじめた。
甲府盆地への洪水被害が減り、米の収穫高が飛躍的に伸びていたことが判明した。それは、信玄が死んでから約30年後に行われた土地調査によるものだ。
信玄は、「信玄堤」の堤防建設をはじめるにあたり、堤防工事の専門職「河除衆(かわよけしゅう)」と呼ばれる人たちを呼び寄せた。
さらに、領国内から労働者を集めて工事を進めていった。
だが、「信玄堤」の堤防建設は、他国に比べて負担が大きかったと考えられる。
なぜなら、
「普請工事はその地域の負担で行う」
という、決まりがあるからだ。
ところが、この決まりがある中、甲斐の領民たちは信濃へ、また、信濃の領民たちは甲斐へと行き来して普請工事を行っている。
これは、いかに信玄の公共事業が迅速に進められ、また、役に立っていたという事を物語っているのではないでしょうか。だからこそ、領民たちは従ったのであろうと考えられます。
「疾 如 風 徐 如 林 侵 掠 如 火 不 動 如 山」
【 風林火山 】 疾(はや)きこと風(かぜ)の如(ごと)く 徐(しずか)かなること林(はやし)の如(ごと)し 侵掠(しんりゃく)すること火(ひ)の如(ごと)く 動(うご)かざること山(やま)の如(ごと)し
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